隣の芝はあおいか?
先日、長年会っていなかった知り合いに会った。
久しぶりに近況報告などをしあったのだが、そのときに「いいなぁ、りえちゃんはー。」と何度も言われた。
しまいには、帰りの電車を降りるときに、ため息交じりで同じセリフを吐いていった、「いいなー」と。
が、何も特別に良い話などしておらず、ただ、今やっていることとか、考えていることを話しただけである。
どちらかというと、そのときの私は精神的にも、肉体的にも疲労していたときだったので、逆にうらやましくないこと満載の状態だったはずである。
ただ、関係ないグチやらを久しぶりに会った友達に言っても仕方がないので、それだけは考慮して話をしていたと思う。
中途半端に自分に介入されるのがイヤなので、もしグチを言ったり、プライベートの込み入った話をするならば、それだけの関係がお互いに生まれた時点で話がしたいと思うし、それだけの時間と環境が必要だとも思う。
内容をきちんと分かってもらえないうちに「大変だねー」とか「元気出してよ」とか言われたくないし、聞きたくもない。
言うほうも、言われるほうも何の益もない。
「分かってくれる」人たちで分かってくれる話がしたい。そう思うのである。
それは、すべて成沢Yesマンの集まりで話がしたいということではなく、時に反対意見、時にお叱りがあっても全然ウェルカムなのである。
自分のことを本当に思って言ってくれる人の話は、それが賛成でも反対でも、意味があって、ちゃんと私の益になる。
そういう人と掛け値ない話がしたいし、そのために時間を使いたいし、本音を伝えたい。それだけのことだ。
これが、私が「素直じゃない」とか「協調性がない」とか「秘密主義だ」とか言われるゆえんの一端なのだろうが(笑)。
と、まぁ、こんな天邪鬼精神を積んでいる小娘として、その人にはグチなどは話さず、とりあえず現状をありのままに淡々と語った。
彼の話も聞いてみたのだが、大変そうではあったが、それなりに充実していて、私とは全く違う業種に属しているので、非常に興味深かった。
やりがいのある仕事をしているなぁ、と思ったし、プライベートでも数年前にご結婚され、お子様も生まれたとのことで、充実しているように感じた。
が、彼にとっては、相当私のことがうらやましかったらしい。
はっきり言うが、実際はそんなこと全くないのである。
他人のことをうらやむことを『隣の芝はあおい』という。
うまくできてるコトバだ。
そりゃ、誰だって枯れかかっている芝より、青々している芝の方がいい。
青い芝のほうが、見た目もいいし、寝心地もいいだろうし、香りも良いだろう。出がらしのお茶葉のような芝なんて、イヤだ。
が、本当に隣の芝はあおいのか?
実は、青さを保つために、土やら肥料やらで相当な金がかかり、借金で火の車なのかもしれない。
もしかしたら、実は、出がらし以下の色をしているにもかかわらず、それを隠すために青い色を塗っているのかもしれない。
はたまた、毎晩ご主人が寝ずの努力をして、芝の手入れをしており、芝はきれいだが、そのためにご主人が精神的にも肉体的にもボロボロになっているのかもしれない。
芝だって、生き物。
必ず、寿命があって、いつかは枯れていくのです。期間は人それぞれ、芝それぞれであったとしても。
そして、また新しい苗を一から育てなければならない期間がやってくる。
そう思ったときに、散々嫌気がさしていた自分の芝を見たときに、茶色の草の中に、小さな青い青い芽があったりして、自分の芝も捨てたもんじゃないはず。
1点だって、青い芝があれば、自分の芝もあおいのだ。
私には、何でも話せて、お互いに尊敬できる友達が数人いる。
彼女、彼らたちの芝は青く輝いている。
でも、それをうらやんだことはない。
もっと言うと、うらやむを超えて、それよりももっとすごく先に行き着いて、「すげーな!おまえ!」とココロから言い合えるような関係になっている。
そして、私が彼女、彼をそう言うように、彼女、彼も同様に、私にそう感じて、接してくれている。
彼女、彼でしか育てられない芝が存在する。
仮に、それを自分の土地に分けてもらったって、その芝は育たないし、育ったとしても同じ生命力は持たないのである。
それに、その輝きを得るために、それぞれがどんな思いで、どんな気持ちで、どんな状態で頑張っているかを知っているから、うらやめない。
だから、素直に尊敬しあえる。
自分で言うのもなんだが、我ながらいい関係だと思う。
この原稿を書く数日前、家で育てている「パキラ」という観葉植物に水をあげていた。
はっきり言って、うちの「パキラ」は不細工だ。
よく花屋で売っている売り物の「パキラ」とは種族すら違う気がする。
基本は水しかあげていないが、居心地いいのか、成長が良すぎて、太っているのである。
観葉植物のくせに肥満だ。
でも、毎日水をあげていると、とてもコイツがかわいくなってきて、どこの子よりかわいい気がしてくる。
水だけで、ここまで太れるこの子がかわいい(笑)。
うちじゃないと育たなかった異型パキラ。
良いか悪いか、商品価値があるかないかはさておき・・・・。
そんなことがあって、で、例の知り合いにあって話をしたことを思って、この原稿を書いた。
本当に、隣の芝はあおいか?
■今日の夏祭りなカメ。
◆祭りの季節がやってきましたー。
日本の「祭り」という文化が大好きです。
老若男女問わず、誰もが楽しげで、にぎやかで、派手で、色とりどりの露店が出てて、あー楽しげ。
夏の暑さはキライですが、祭りの楽しさと相殺でなんとか毎日を乗り切っています(笑)。
先日、下町の入谷朝顔祭りというところに行ってきました。
「朝顔」とあなどるなかれ、かなりここいらじゃ有名なお祭りらしく、すごい人の数でした。
◆おじさんが朝顔を吟味
祭り会場の道路片側一面に朝顔売りのおじちゃん、おばちゃん。
朝顔にも色々な種類があるらしく、色、かたち、早咲き遅咲きなどなど。奥深いです。
◆私の特技
祭りに行くと、必ず私は「金魚すくい」します。
そろそろ履歴書の特技欄で認められても良いと思っているんですが、実は金魚すくいが子供の頃から得意。でも、何の役に立たないところがミソ(笑)。
ちなみに、今回の戦歴。
1回で、25匹いきました。えへ。
久しぶりに近況報告などをしあったのだが、そのときに「いいなぁ、りえちゃんはー。」と何度も言われた。
しまいには、帰りの電車を降りるときに、ため息交じりで同じセリフを吐いていった、「いいなー」と。
が、何も特別に良い話などしておらず、ただ、今やっていることとか、考えていることを話しただけである。
どちらかというと、そのときの私は精神的にも、肉体的にも疲労していたときだったので、逆にうらやましくないこと満載の状態だったはずである。
ただ、関係ないグチやらを久しぶりに会った友達に言っても仕方がないので、それだけは考慮して話をしていたと思う。
中途半端に自分に介入されるのがイヤなので、もしグチを言ったり、プライベートの込み入った話をするならば、それだけの関係がお互いに生まれた時点で話がしたいと思うし、それだけの時間と環境が必要だとも思う。
内容をきちんと分かってもらえないうちに「大変だねー」とか「元気出してよ」とか言われたくないし、聞きたくもない。
言うほうも、言われるほうも何の益もない。
「分かってくれる」人たちで分かってくれる話がしたい。そう思うのである。
それは、すべて成沢Yesマンの集まりで話がしたいということではなく、時に反対意見、時にお叱りがあっても全然ウェルカムなのである。
自分のことを本当に思って言ってくれる人の話は、それが賛成でも反対でも、意味があって、ちゃんと私の益になる。
そういう人と掛け値ない話がしたいし、そのために時間を使いたいし、本音を伝えたい。それだけのことだ。
これが、私が「素直じゃない」とか「協調性がない」とか「秘密主義だ」とか言われるゆえんの一端なのだろうが(笑)。
と、まぁ、こんな天邪鬼精神を積んでいる小娘として、その人にはグチなどは話さず、とりあえず現状をありのままに淡々と語った。
彼の話も聞いてみたのだが、大変そうではあったが、それなりに充実していて、私とは全く違う業種に属しているので、非常に興味深かった。
やりがいのある仕事をしているなぁ、と思ったし、プライベートでも数年前にご結婚され、お子様も生まれたとのことで、充実しているように感じた。
が、彼にとっては、相当私のことがうらやましかったらしい。
はっきり言うが、実際はそんなこと全くないのである。
他人のことをうらやむことを『隣の芝はあおい』という。
うまくできてるコトバだ。
そりゃ、誰だって枯れかかっている芝より、青々している芝の方がいい。
青い芝のほうが、見た目もいいし、寝心地もいいだろうし、香りも良いだろう。出がらしのお茶葉のような芝なんて、イヤだ。
が、本当に隣の芝はあおいのか?
実は、青さを保つために、土やら肥料やらで相当な金がかかり、借金で火の車なのかもしれない。
もしかしたら、実は、出がらし以下の色をしているにもかかわらず、それを隠すために青い色を塗っているのかもしれない。
はたまた、毎晩ご主人が寝ずの努力をして、芝の手入れをしており、芝はきれいだが、そのためにご主人が精神的にも肉体的にもボロボロになっているのかもしれない。
芝だって、生き物。
必ず、寿命があって、いつかは枯れていくのです。期間は人それぞれ、芝それぞれであったとしても。
そして、また新しい苗を一から育てなければならない期間がやってくる。
そう思ったときに、散々嫌気がさしていた自分の芝を見たときに、茶色の草の中に、小さな青い青い芽があったりして、自分の芝も捨てたもんじゃないはず。
1点だって、青い芝があれば、自分の芝もあおいのだ。
私には、何でも話せて、お互いに尊敬できる友達が数人いる。
彼女、彼らたちの芝は青く輝いている。
でも、それをうらやんだことはない。
もっと言うと、うらやむを超えて、それよりももっとすごく先に行き着いて、「すげーな!おまえ!」とココロから言い合えるような関係になっている。
そして、私が彼女、彼をそう言うように、彼女、彼も同様に、私にそう感じて、接してくれている。
彼女、彼でしか育てられない芝が存在する。
仮に、それを自分の土地に分けてもらったって、その芝は育たないし、育ったとしても同じ生命力は持たないのである。
それに、その輝きを得るために、それぞれがどんな思いで、どんな気持ちで、どんな状態で頑張っているかを知っているから、うらやめない。
だから、素直に尊敬しあえる。
自分で言うのもなんだが、我ながらいい関係だと思う。
この原稿を書く数日前、家で育てている「パキラ」という観葉植物に水をあげていた。
はっきり言って、うちの「パキラ」は不細工だ。
よく花屋で売っている売り物の「パキラ」とは種族すら違う気がする。
基本は水しかあげていないが、居心地いいのか、成長が良すぎて、太っているのである。
観葉植物のくせに肥満だ。
でも、毎日水をあげていると、とてもコイツがかわいくなってきて、どこの子よりかわいい気がしてくる。
水だけで、ここまで太れるこの子がかわいい(笑)。
うちじゃないと育たなかった異型パキラ。
良いか悪いか、商品価値があるかないかはさておき・・・・。
そんなことがあって、で、例の知り合いにあって話をしたことを思って、この原稿を書いた。
本当に、隣の芝はあおいか?
■今日の夏祭りなカメ。
◆祭りの季節がやってきましたー。
日本の「祭り」という文化が大好きです。 老若男女問わず、誰もが楽しげで、にぎやかで、派手で、色とりどりの露店が出てて、あー楽しげ。
夏の暑さはキライですが、祭りの楽しさと相殺でなんとか毎日を乗り切っています(笑)。
先日、下町の入谷朝顔祭りというところに行ってきました。
「朝顔」とあなどるなかれ、かなりここいらじゃ有名なお祭りらしく、すごい人の数でした。
◆おじさんが朝顔を吟味
祭り会場の道路片側一面に朝顔売りのおじちゃん、おばちゃん。 朝顔にも色々な種類があるらしく、色、かたち、早咲き遅咲きなどなど。奥深いです。
◆私の特技
祭りに行くと、必ず私は「金魚すくい」します。 そろそろ履歴書の特技欄で認められても良いと思っているんですが、実は金魚すくいが子供の頃から得意。でも、何の役に立たないところがミソ(笑)。
ちなみに、今回の戦歴。
1回で、25匹いきました。えへ。
by meshi-quest
| 2003-07-15 14:29


