しょーもない癖
私は過去に1度だけ家出をしたことがある。
そんなこと急に思い出した。
大学生や社会人になってからたびたびあった「家に帰らない」は、家出なのか単に帰宅が遅いのか分からんような生活の一環だったのでなんとも言えないが、小学3年生の時の「家に帰らない」は、明らかに「家出」だった。
小さい頃から何かいやなことがあると、狭い場所に閉じこもる癖があった。閉じこもる場所がない場合は、そこから出て行くという手段をとった。
どちらも「その場から消える」という行為だ。
この癖は大人になっても治らず、困ったことに今も割りとそうだ。
うちはママとすごく仲良かったので、ケンカしても何だかんだ言って、すぐ元に戻って、仲良くやっていた。
というより、ママは自分の娘の性格をよく分かっていたので、『なだめるところ』『ほっとくところ』『声をかけるタイミング』など実にピンポイントで押さえていたのだと思う。
ケンカなんてできればしたくない。
実は、ケンカに突入する直前からすでにケンカするつもりなんてないのかもしれない。
それが仲の良い相手であればあるほど、ケンカはしたくないものだ。
ところが、威勢良くたんかを切ってしまった手前というか(笑)、自分で自分のひっこみがつかなくなってしまうことが多々ある。ココロのひっこみも、シチュエーション的なひっこみも。
「今のウソぴょーん!」とか言いながら、ケンカになりそうなシチュエーションをすぐに回避できる性格だったらどんなに幸せか、と思う。
残念ながら、天邪鬼にはこんな芸当はできない。
小学3年生の時は、もう何が原因だったかは覚えていないが、相当腹が立って、自分なりに荷物をまとめて、家を出た。
荷物の中身は、着替え、下着、お菓子、メモ帳、ジュース、財布に約1万円だったと思う。
今、考えると家出するには、かなり不十分なアイテムラインナップだった。
家を出る前に、頭にきたことを列挙し、最後に決まり文句「探さないでください」を書き加えた支離滅裂な手紙を作成し、その後家を出た。
その時は真剣に家を出るつもりだった。
家出をしたことの重大さより、これからどうやって生きていくか、どうやって金を稼いで生活をしていこうかという具体的なことをひたすら考えていた。
小学3年生にしては、冷静だったように思う。
町をウロウロして、気が付いたら夜の10時頃になっていた。
夕食はたしかマックですませたような気がする。
10時まで町をうろつくなんてことがなかったので、未知の領域にワクワクしながらも、だんだん不安になってきていた。
この頃にはあれだけ怒っていたことの大半以上がどうでもよくなっていた。
時間がたって、怒りが静まってきたのである。
気が付くと、「誰か気づいてくれ」と言わんばかりに自分の家の近くまで戻ってきていた。
結局、私がおじいちゃんちの車庫の中で寝ているところをママに発見され、日付が変わる前に家出イベントは終了してしまった。
なぜ家出をしたのか?
きっと、突き詰めていくと「腹が立ったから」ではなく、ママにとって「自分がどういう存在なのか」、それを確かめるために家出をしたのだと思う。
つまり、ママから自分は愛されているのか?、好かれているのか?、大切にされているのか?を知るために。
ケンカというちょっとしたきっかけで、それが分からなくなってしまったからだ。
ヒトは時として、ホントしょーもない手段を使う。
自分で「感じること」ができないから、相手のリアクションを見て、それを感じようとするのである。
要は、鏡のようなものだ。
車庫で私を発見した時のママはすごく慌ててて、心配していて、そして、私を見て心からほっとしたような顔をしていた。
そして、その様子を見た私もすごく安心をした。
愛されていることが分かった。
だから、それ以降、家出をするようなことはしなかった。
相手の前から「消える」ことで、自分が相手にとってどういう存在意義のある者なのかどうかが分かる気がしていた。
もし自分が相手にとって大切な者であれば「探す」だろうし、大切でないなら「探さない」。
最終的には、ケンカによって生まれた「怒り」とかはどーでもよくて、「大切なのか?そうでないのか?」だけが分かればいい。それだけだ。
それが分かれば自分のケンカのひっこみもつくし、こちらからも素直に「ごめんなさい」と言える。
ここで消えた自分を探してもらえないと、ますますひっこみがつかなくなって、出て行けなくなる(苦笑)。
消えた本人は「探してもらえる」ことを前提に消えているのだから(笑)。
本人には全く悪気がありませんので、こういう場合はぜひ探していただきたいと思う。
我ながら、ホントしょーもないな、と思う。
大人になっても治らない。
ホントしょーもないな、と思う。
こうして文章にしてみて、改めて読んでみても、ホントしょーもない癖だと思う。
■今日のカメ。
夏なのでお祭りの話題を。
◆爆裂王~君の笑顔が見たくて~
お祭り好きで、夏になると毎週のように色々なお祭りに顔を出していたので、過去相当色々な露店を見てきたが、こんな強烈なネーミングの露店は初めて見た。
ノボリには、「君の笑顔が見たくて」と書いてある。
実際、笑顔の客が相当列を作っていた。
これは一体何屋なのか?というと・・・・実は、焼きそば屋でした。
一見、普通の焼きそば屋に見えますが、おにいさんの盛り付けている焼きそばの量を見てください。
なんと、入れ物から焼きそばがあふれています!!
このお店の焼きそばは通常露店焼きそば価格で、爆裂量の焼きそばが買えるのです。
露店業界も客争奪戦で色々と様変わりしているなぁ、としみじみ。
そんなこと急に思い出した。
大学生や社会人になってからたびたびあった「家に帰らない」は、家出なのか単に帰宅が遅いのか分からんような生活の一環だったのでなんとも言えないが、小学3年生の時の「家に帰らない」は、明らかに「家出」だった。
小さい頃から何かいやなことがあると、狭い場所に閉じこもる癖があった。閉じこもる場所がない場合は、そこから出て行くという手段をとった。
どちらも「その場から消える」という行為だ。
この癖は大人になっても治らず、困ったことに今も割りとそうだ。
うちはママとすごく仲良かったので、ケンカしても何だかんだ言って、すぐ元に戻って、仲良くやっていた。
というより、ママは自分の娘の性格をよく分かっていたので、『なだめるところ』『ほっとくところ』『声をかけるタイミング』など実にピンポイントで押さえていたのだと思う。
ケンカなんてできればしたくない。
実は、ケンカに突入する直前からすでにケンカするつもりなんてないのかもしれない。
それが仲の良い相手であればあるほど、ケンカはしたくないものだ。
ところが、威勢良くたんかを切ってしまった手前というか(笑)、自分で自分のひっこみがつかなくなってしまうことが多々ある。ココロのひっこみも、シチュエーション的なひっこみも。
「今のウソぴょーん!」とか言いながら、ケンカになりそうなシチュエーションをすぐに回避できる性格だったらどんなに幸せか、と思う。
残念ながら、天邪鬼にはこんな芸当はできない。
小学3年生の時は、もう何が原因だったかは覚えていないが、相当腹が立って、自分なりに荷物をまとめて、家を出た。
荷物の中身は、着替え、下着、お菓子、メモ帳、ジュース、財布に約1万円だったと思う。
今、考えると家出するには、かなり不十分なアイテムラインナップだった。
家を出る前に、頭にきたことを列挙し、最後に決まり文句「探さないでください」を書き加えた支離滅裂な手紙を作成し、その後家を出た。
その時は真剣に家を出るつもりだった。
家出をしたことの重大さより、これからどうやって生きていくか、どうやって金を稼いで生活をしていこうかという具体的なことをひたすら考えていた。
小学3年生にしては、冷静だったように思う。
町をウロウロして、気が付いたら夜の10時頃になっていた。
夕食はたしかマックですませたような気がする。
10時まで町をうろつくなんてことがなかったので、未知の領域にワクワクしながらも、だんだん不安になってきていた。
この頃にはあれだけ怒っていたことの大半以上がどうでもよくなっていた。
時間がたって、怒りが静まってきたのである。
気が付くと、「誰か気づいてくれ」と言わんばかりに自分の家の近くまで戻ってきていた。
結局、私がおじいちゃんちの車庫の中で寝ているところをママに発見され、日付が変わる前に家出イベントは終了してしまった。
なぜ家出をしたのか?
きっと、突き詰めていくと「腹が立ったから」ではなく、ママにとって「自分がどういう存在なのか」、それを確かめるために家出をしたのだと思う。
つまり、ママから自分は愛されているのか?、好かれているのか?、大切にされているのか?を知るために。
ケンカというちょっとしたきっかけで、それが分からなくなってしまったからだ。
ヒトは時として、ホントしょーもない手段を使う。
自分で「感じること」ができないから、相手のリアクションを見て、それを感じようとするのである。
要は、鏡のようなものだ。
車庫で私を発見した時のママはすごく慌ててて、心配していて、そして、私を見て心からほっとしたような顔をしていた。
そして、その様子を見た私もすごく安心をした。
愛されていることが分かった。
だから、それ以降、家出をするようなことはしなかった。
相手の前から「消える」ことで、自分が相手にとってどういう存在意義のある者なのかどうかが分かる気がしていた。
もし自分が相手にとって大切な者であれば「探す」だろうし、大切でないなら「探さない」。
最終的には、ケンカによって生まれた「怒り」とかはどーでもよくて、「大切なのか?そうでないのか?」だけが分かればいい。それだけだ。
それが分かれば自分のケンカのひっこみもつくし、こちらからも素直に「ごめんなさい」と言える。
ここで消えた自分を探してもらえないと、ますますひっこみがつかなくなって、出て行けなくなる(苦笑)。
消えた本人は「探してもらえる」ことを前提に消えているのだから(笑)。
本人には全く悪気がありませんので、こういう場合はぜひ探していただきたいと思う。
我ながら、ホントしょーもないな、と思う。
大人になっても治らない。
ホントしょーもないな、と思う。
こうして文章にしてみて、改めて読んでみても、ホントしょーもない癖だと思う。
■今日のカメ。
夏なのでお祭りの話題を。
◆爆裂王~君の笑顔が見たくて~
お祭り好きで、夏になると毎週のように色々なお祭りに顔を出していたので、過去相当色々な露店を見てきたが、こんな強烈なネーミングの露店は初めて見た。 ノボリには、「君の笑顔が見たくて」と書いてある。
実際、笑顔の客が相当列を作っていた。
これは一体何屋なのか?というと・・・・実は、焼きそば屋でした。
一見、普通の焼きそば屋に見えますが、おにいさんの盛り付けている焼きそばの量を見てください。 なんと、入れ物から焼きそばがあふれています!!
このお店の焼きそばは通常露店焼きそば価格で、爆裂量の焼きそばが買えるのです。
露店業界も客争奪戦で色々と様変わりしているなぁ、としみじみ。
by meshi-quest
| 2003-08-09 14:37


