先日、長年会っていなかった知り合いに会った。

久しぶりに近況報告などをしあったのだが、そのときに「いいなぁ、りえちゃんはー。」と何度も言われた。
しまいには、帰りの電車を降りるときに、ため息交じりで同じセリフを吐いていった、「いいなー」と。

が、何も特別に良い話などしておらず、ただ、今やっていることとか、考えていることを話しただけである。
どちらかというと、そのときの私は精神的にも、肉体的にも疲労していたときだったので、逆にうらやましくないこと満載の状態だったはずである。

ただ、関係ないグチやらを久しぶりに会った友達に言っても仕方がないので、それだけは考慮して話をしていたと思う。

中途半端に自分に介入されるのがイヤなので、もしグチを言ったり、プライベートの込み入った話をするならば、それだけの関係がお互いに生まれた時点で話がしたいと思うし、それだけの時間と環境が必要だとも思う。

内容をきちんと分かってもらえないうちに「大変だねー」とか「元気出してよ」とか言われたくないし、聞きたくもない。
言うほうも、言われるほうも何の益もない。
「分かってくれる」人たちで分かってくれる話がしたい。そう思うのである。

それは、すべて成沢Yesマンの集まりで話がしたいということではなく、時に反対意見、時にお叱りがあっても全然ウェルカムなのである。
自分のことを本当に思って言ってくれる人の話は、それが賛成でも反対でも、意味があって、ちゃんと私の益になる。
そういう人と掛け値ない話がしたいし、そのために時間を使いたいし、本音を伝えたい。それだけのことだ。
これが、私が「素直じゃない」とか「協調性がない」とか「秘密主義だ」とか言われるゆえんの一端なのだろうが(笑)。

と、まぁ、こんな天邪鬼精神を積んでいる小娘として、その人にはグチなどは話さず、とりあえず現状をありのままに淡々と語った。

彼の話も聞いてみたのだが、大変そうではあったが、それなりに充実していて、私とは全く違う業種に属しているので、非常に興味深かった。
やりがいのある仕事をしているなぁ、と思ったし、プライベートでも数年前にご結婚され、お子様も生まれたとのことで、充実しているように感じた。

が、彼にとっては、相当私のことがうらやましかったらしい。
はっきり言うが、実際はそんなこと全くないのである。



他人のことをうらやむことを『隣の芝はあおい』という。

うまくできてるコトバだ。
そりゃ、誰だって枯れかかっている芝より、青々している芝の方がいい。
青い芝のほうが、見た目もいいし、寝心地もいいだろうし、香りも良いだろう。出がらしのお茶葉のような芝なんて、イヤだ。



が、本当に隣の芝はあおいのか?

実は、青さを保つために、土やら肥料やらで相当な金がかかり、借金で火の車なのかもしれない。

もしかしたら、実は、出がらし以下の色をしているにもかかわらず、それを隠すために青い色を塗っているのかもしれない。

はたまた、毎晩ご主人が寝ずの努力をして、芝の手入れをしており、芝はきれいだが、そのためにご主人が精神的にも肉体的にもボロボロになっているのかもしれない。

芝だって、生き物。
必ず、寿命があって、いつかは枯れていくのです。期間は人それぞれ、芝それぞれであったとしても。
そして、また新しい苗を一から育てなければならない期間がやってくる。

そう思ったときに、散々嫌気がさしていた自分の芝を見たときに、茶色の草の中に、小さな青い青い芽があったりして、自分の芝も捨てたもんじゃないはず。
1点だって、青い芝があれば、自分の芝もあおいのだ。



私には、何でも話せて、お互いに尊敬できる友達が数人いる。

彼女、彼らたちの芝は青く輝いている。

でも、それをうらやんだことはない。
もっと言うと、うらやむを超えて、それよりももっとすごく先に行き着いて、「すげーな!おまえ!」とココロから言い合えるような関係になっている。
そして、私が彼女、彼をそう言うように、彼女、彼も同様に、私にそう感じて、接してくれている。

彼女、彼でしか育てられない芝が存在する。
仮に、それを自分の土地に分けてもらったって、その芝は育たないし、育ったとしても同じ生命力は持たないのである。
それに、その輝きを得るために、それぞれがどんな思いで、どんな気持ちで、どんな状態で頑張っているかを知っているから、うらやめない。
だから、素直に尊敬しあえる。

自分で言うのもなんだが、我ながらいい関係だと思う。



この原稿を書く数日前、家で育てている「パキラ」という観葉植物に水をあげていた。

はっきり言って、うちの「パキラ」は不細工だ。
よく花屋で売っている売り物の「パキラ」とは種族すら違う気がする。
基本は水しかあげていないが、居心地いいのか、成長が良すぎて、太っているのである。
観葉植物のくせに肥満だ。

でも、毎日水をあげていると、とてもコイツがかわいくなってきて、どこの子よりかわいい気がしてくる。
水だけで、ここまで太れるこの子がかわいい(笑)。
うちじゃないと育たなかった異型パキラ。
良いか悪いか、商品価値があるかないかはさておき・・・・。

そんなことがあって、で、例の知り合いにあって話をしたことを思って、この原稿を書いた。




本当に、隣の芝はあおいか?






■今日の夏祭りなカメ。
◆祭りの季節がやってきましたー。f0232060_14304696.jpg日本の「祭り」という文化が大好きです。
老若男女問わず、誰もが楽しげで、にぎやかで、派手で、色とりどりの露店が出てて、あー楽しげ。
夏の暑さはキライですが、祭りの楽しさと相殺でなんとか毎日を乗り切っています(笑)。

先日、下町の入谷朝顔祭りというところに行ってきました。
「朝顔」とあなどるなかれ、かなりここいらじゃ有名なお祭りらしく、すごい人の数でした。


◆おじさんが朝顔を吟味
f0232060_14312567.jpg祭り会場の道路片側一面に朝顔売りのおじちゃん、おばちゃん。
朝顔にも色々な種類があるらしく、色、かたち、早咲き遅咲きなどなど。奥深いです。







◆私の特技
f0232060_14314356.jpg祭りに行くと、必ず私は「金魚すくい」します。

そろそろ履歴書の特技欄で認められても良いと思っているんですが、実は金魚すくいが子供の頃から得意。でも、何の役に立たないところがミソ(笑)。

ちなみに、今回の戦歴。
1回で、25匹いきました。えへ。
# by meshi-quest | 2003-07-15 14:29
時に、人は自分でもコントロール不能なくらい、「いっぱいいっぱい」になる。

なんで、私だけうまくいかないんだろう・・・、と。

そして、こういうときに限って、一番身近な人は逆にノリノリだったりして、自分との差を激烈に感じたりする。
そのとき生まれてしまうマイナスの結晶体が【おいてきぼり感】である。
こいつにさいなまされると、人はどんどん後ろに向かって猛ダッシュしてしまうのである。

【おいてきぼり感】とは、何か?
字のごとく、「何か」に置いてかれる、もしくは、置き去りにされる感覚のことである。

ちなみに、ちょっとしたトリビア(無駄な知識)をお伝えすると、「おいてきぼり」とは「おいてけぼり」とも言われ、江戸時代に伝わった本所七不思議の1つ、『置いてけ堀』に由来しているらしい((c)TY)。
この堀は、東京の錦糸町あたりにあった釣りでにぎわう池で、夕方、釣った魚を持ち帰ろうとすると、どこからともなく「置いてけ~、置いてけ~」という声が聞こえ、怖いもの知らずのさすがの江戸っ子も魚を置いて逃げ出したことから、コトバが出てきている。
(今日のトリビアは、明日使えるものばかりでしたね。)

さて、話を元に戻すが、この置き去り感【おいてきぼり感】が人にとってヤバイのである。

先日、友達と会って、こんな話をした。

私の友達であるA子は、精神的体力的な理由から、会社を退職した。
彼女の彼氏も同じ会社に勤めていたのだが、他にやりがいのある仕事を見つけ、彼女より数ヶ月先に退職をした。
しかし、彼女の場合は、責任感が人一倍強い性格で仕事で被った精神的なダメージが大きかったため、まず退職を優先し、しばらく落ち着いてから新たな職を探すことにしていた。

彼は次の仕事に向けての準備に取り掛かり、忙しい毎日を送っていた。
技術職への転職であるため、学校に通いつつ、バイトをし、毎日くたくただったらしい。
彼女と彼は別々の家に住んでいるため、電話やメールで近況を報告しあっていたが、日々疲れている彼は電話やメールの回数が減り、電話をすると転職に向けて毎日頑張っていて、気合が入っていることは分かるが、それ以上の相手の状況が分からず、その状態が彼女を必要以上に不安にさせていった。

彼女は、すごくしっかりしていて、決して甘えたり、束縛をするような子ではない。
彼女自身も、自分の新たな転職先を探して動き始めていたときだった。

なのに、彼と彼女の温度差、つまり【おいてきぼり感】がいつもの冷静沈着な彼女を襲ってしまった。
彼は、彼女の感じた【おいてきぼり感】が理解できず、ただの重荷ととってしまい、しばらく距離を置くことになった。
今は、お互いに定期的に連絡を取りつつも、とりあえず彼は彼の道、彼女は彼女の道を進むことを第一目標とし、それぞれにゆとりが出るのを待っている状態にある。

よく、テレビのドキュメントとかで、夫の帰りを待つ専業主婦が夫の帰りがちょっと遅くなったりしたことで、不安に思ったり、やたら追求をしたり、逆に夫は日々仕事で大変なのに、家で追求してくる妻に嫌気が指して、大喧嘩・・・・なんて話を見る。
ここでもキーワードになっているのは、やはり【おいてきぼり感】なのだと思う。

【おいてきぼり感】というヤツは厄介なもんで、弱っている者には重大に映り、ノリノリの者には大したことでないように見える特性がある。
つまり、ノリノリの側には、当然、相手の感じた【おいてきぼり感】なんて見抜けないし、弱っている側はこの【おいてきぼり感】によって追いつめられ、どんどんマイナス方面へ驀進していってしまうのである。

さらに、夫婦、恋人同士、家族間、親友同士、同期・・・など近しい間柄でよくこの【おいてきぼり感】は発生し、しかも、一番泣きつきたくて頼りたい相手がノリノリ側になっていたりするのである。

ここから脱出する方法の1つは、「相手よりノリノリになること」である。
マリオを見習って、スターをとって、「チャッチャッチャラッチャラッチャ~」という無敵の音楽を轟かせるのである。

例えば、彼女が新たな転職先が決まり、しかも軌道に乗り、彼氏もそっちのけの忙しい日々を送る。
例えば、妻が専業主婦をやめ、パートをしたり、趣味に講じたり、新しい友達を見つけたりする。
と、まぁ、こんな感じである。

が、それによって逆転された彼ないし夫側がそれを受けて、「よーし、俺も負けずにもっとノリノリになっちゃうぞー!」と互いに切磋琢磨する関係を続けられるのであれば良いのだが、彼女ないし妻側が与えた打撃が大きすぎて、【おいてきぼり感】により逆撃沈してしまうようだと、意味がない。

なので、結論として、あまりお勧めできない。

では、どうすればいいか。

1つのカギは、「リスペクト」が握っている。
お互いに常に尊敬しあう。お互いの良いところを認めあうのである。

例えば、夫が妻に「いつも作ってくれるご飯、美味しいね。僕にはこんなに上手に作れないので、嬉しいよ。」と言う。逆に、妻が夫に「いつもご苦労様。あなたがいつも頑張ってくれるので、私も家事頑張らなくっちゃ!」とか言う。
あくまでもこれは「リスペクトってこーゆーこと」の超極端な例だが(笑)、僕や私にできないことをこの人はできる・・・・だから、すごいし、それをちゃんと認める・・・・だからこそ、二人いる意味があり、互いに補っているのである・・・・と、こんな流れである。

リスペクトは常にし続ける必要がある。
花にお水をあげるのと同じように、常に注いであげないとココロも枯れてしまうのである。

常に続けることは、根気と覚悟がいる。
なので、ここまでのつながりが持てる間柄はたくさんはもてないし、少数限定で良いと思う。

そして、「そこまでしたい」と思う相手なのかどうかということも重要になる。
もっと言っちゃうと、そこまでしてでも守るべき者がきっと必ず一人はいるはず、その人には全力でリスペクトしてあげて欲しいと思う。

自分のハートも、相手のハートも枯らさぬように。

言うのは簡単。

友達の話を聞いていて、自分への忠告メモも兼ねて(笑)、原稿を書いた。
私も時にスターマリオになってみたり、時に【おいてきぼり感】によって敗走猛ダッシュしたり(笑)、相当周りに迷惑をかけているに違いない。

いかん、いかん。リスペクト、リスペクト。
自分のハートも、相手のハートも枯らさぬよう・・・・。





■今日のカメ
◆わんことあたし

f0232060_14281514.jpgしょっちゅう私の一緒にいらっしゃる方々はもう周知ですが、3年ぶりに茶髪から黒髪に戻りました。新入社員っぽくて、久々の黒もいいもんです。

黒に戻した直後にわんこと一緒に撮ってみたのですが、私の黒髪に見慣れていないのか、すごくわんこが複雑な顔しているのが印象的でした(笑)。眉間にしわよってるし・・・。
# by meshi-quest | 2003-06-19 14:27
2002年12月23日、この日、1ヶ月に及ぶ私の入院生活が終わった。



実は、医者から病気で免疫力が低下しているため、年明けまで入院していたほうが良いと言われた。
が、仕事もいいかげん溜まっているし、何よりも病院でクリスマスと正月を迎えるのはイヤだった。
確かにサンタっぽい医者はいるが、サンタではない。
だまされてはいかん。ここにいては、サンタはやってこない。

こうして、医者の注意を聞かず、最後まで「不良患者」としての使命を全うし、病院を後にした。

「仕事も大事かもしれないが、何よりも体が大切です。何かあったらすぐ電話しなさい。」
そう、院長先生と婦長さんは言ってくれた。

まるで、田舎の不良少年が両親に散々迷惑かけた挙句、「オレ、東京に行く。」と出て行くときのようだ。
「たけし、何か困ったことがあったら、いつでも戻って来るんだよ・・・・。」
「・・・・・・(お、おふくろー!!!)」
ざっと、こんな気分である。
こういう後ろの支えがあるからこそ、無茶ができるのである。ありがたいお言葉だ。

退院して翌日、会社に行ってみると、案の定、仕事が山のようになっていた。
エベレスト・・・とまではいわないにしろ、確実に富士山級にはなっていた。
仕事メールの送受信チェックをかけてみると、ざっと700件のメールが来ていた。
ちょっとしたアイドルのファンレター並である。

早速、仕事に取り掛かろうとしたが、よく考えてみると、あと数日で仕事納め。
もう手遅れであった。
・・・・もう、いい。残りは、年明けだ・・・。

久しぶりの会社ではあったが、何も変わってなかった。新鮮であった。
ただ、会う人会う人に、「痩せた」と言われた。
確かに、11月の発病から12月の入院生活で、約5キロ近く落ちていた。
が、これも悲しいかな、つかの間のことで、クリスマス&正月の復帰祝い(←勝手に自分で決定)で友達を呼んで飲み食いしたため、着実に元に戻っていった。



社会復帰して、まずやりたかったことは、温泉に行くことだった。
ただでさえ、温泉好きで、休みがあると温泉に行っている私だが、入院生活中、ほとんど風呂に入れなかったこともあり、病的に「湯」が恋しくなっていた。
「温泉、行きてー!!」と思いながらも、年明けからの仕事に忙殺されてしまい、念願がなかったのは6月になってからのことだった。



時間がなかったので出発の前日にネットで宿を探しまくり、やっと見つけた湯河原温泉という場所へ行った。
今回泊まった宿は「翠明館」という宿で、渓流沿いに位置する露天風呂が決め手となった。

湯河原は町全体が温泉・観光で成り立っているようだったが、思ったよりお土産屋などは少ないように思った。
観光シーズンではないからか、活気がなかった。

湯河原の温泉街には、昔懐かしい「射的屋」が数件あった。入ってみた。
おばあさんがホント暇そうに店の奥の座敷で店番をしていた。暇そうではなく、たぶん、本当に暇なのだ。

射的をやるたびに思う。
人は「大いなる目的」「大いなる利益」のために、銃を構え、的を射るのがもともとの射的のコンセプトだと思うのだが、どうして、こんなに欲しくない商品ばかりが陳列されているんだろう。

500円で10発のコルク玉がもらえて、それを銃にこめて打ち、落とした的によって、点数が決められていて、総合点で商品が獲得できる仕組みなのだが、かなり高得点をとっても、湯河原温泉特製ペナント(布製の三角形の旗みたいなやつ。お土産いらないランキングの上位常連商品の1つ。)や陶器の猫の置物だったり、スナイパーとしてのやる気を削ぐものばかりである。
結局、かなりの高得点はゲットしたが、「高得点をとった」という事実だけをお土産に、商品は置いていった。

ここまで書くと、射的自体がつまらないように聞こえるかもしれないが、射的はホント面白い。
ゲーセンとかのデジタルでゴージャスなガンもなく、派手な演出やエフェクトもないが、なんとも言えぬ真剣勝負の趣がある。この趣は、コンピュータゲームの世界では出せない。
温泉街で見つけたら、何事も経験。ぜひお試しあれ。

さてさて、露天風呂なのだが、ここ「翠明館」の露天風呂は、かなり良かった。雰囲気がいい。
本館から露天へ通じる長い回廊があって、露天風呂に直付けで、木の香りのする脱衣所がある。
そして、着替えて、すぐに目の前が露天風呂。露天も大きめで、渓流の音を聞きながら、ゆったりできた。極楽だ。

こんなすばらしい露天であったが、1つだけ欠点があった。
「混浴」なのである。うかつだった・・。
しかも、タオル入浴(よく温泉紹介であるような女の子がタオルを体に巻いて入る行為)は禁じられている。

この旅館はかなり雰囲気も落ち着いていて、あまり若いカップルが来そうな感じはなく、どちらかというとおじちゃん、おばちゃんが多かった。
実際、喜びいさんで露天へいったが、おじちゃんの群れが露天を占拠していた。

入るべきか、入らぬべきか。入りたい、でも・・・・。
そして、「入った」。

いいんだ、もう。露天風呂に入りたいんだもーん。ええい、特別サービスだ!
堂々と入ってみると不思議なもんで、逆におじちゃんの群れが居心地悪くなったのか、出て行ってくれた。

あ、ラッキー!
こうして露天風呂を満喫した。

夕方、夜、寝る前、朝起きてから・・・と計何回風呂に行ったことだろう。
風呂はいい。



そして、そのたびに誰か必ず露天の先約がいるのだが、小娘が入っていくと、みんな出て行ってくれた。
なんだか、ラッキー!



あ、でも別に何もしてませんよ。脅したりとか(笑)。ホント。






■今日のカメ
◆翠明館のお夕食
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美味しくいただきました。カニ、甘くてグー!
ただ、全体的にちょっと量は少なめかな。




◆不動の滝
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山の上に滝があったので、行って来ました。
滝があるところは、空気が特別澄んでいる気がします。

滝の入り口に茶屋があって、人が住んでいて、どうやらここの滝の管理人さんみたいなんですね。お父さんと思える人と中学2年生くらいの純朴そうな男の子がいました。
「おまえのお父さん、仕事は何やってんの?」
「不動の滝の管理人さ。」
そんな会話が学校でなされていると思うと、なんか、カッコイイ!!

ところで、よくこの「不動の・・・」という滝を目にするが、全国にいくつ不動の滝ってあるんだろ。



◆独歩の湯
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写真の場所に、さまざまな効果がある足湯場があり、つぼ押しのボコボコした突起が床から出ているので、足湯&足つぼでリラックス効果満点の施設です。主に女性が喜んでました。

しかし、よくまぁ、公園のど真ん中にこんな足湯施設場作ったなぁ・・・。湯河原恐るべし。
# by meshi-quest | 2003-06-07 14:23
病院での一日はざっとこんな感じだ。



◆AM 6:00◆

看護婦さんに半強制的に起こされ、検診(検査用の採血、血圧、体温、脈、問診)。

6:00なんぞに起きたことがなった私にとっては、ほとほと参る朝の早さだった。
それでも、最初のうちは看護婦さんのドアノックで目覚めるくらいの私なりの遠慮っぷりを見せていたのだが、1週間後には、看護婦さんが入ってこようが、ベッカムが入ってこようが、全く気づけないほどの深い眠りに入るようになり、看護婦さんが何度も声をかけ、しまいには、体をゆすって起こすという強攻策に出てきた。

2週間後には、この小娘に朝が存在しないことを看護婦さんも認知したのか、寝ているうちに採血を済ませて行ってくれるようになった。
朝起きると、腕に血を抜いた後とガーゼが付いていて、「あ、今日も採血したのか」と気づく。こんな調子だった。

血でもなんでもとっていってくれ!、オレは眠いんだ!!寝る!!!
なんとも、イヤな不良患者である。

◆AM 7:30◆

朝食。
さすがの不良患者もこの時間には強制的に起こされる。
なぜなら、この不良患者に対し、婦長さん、朝食を運んでくれる人、清掃のおばさんの3人がかかりで、「成沢さーん、朝ですよ。朝食食べてねー。」と起こしにかかるからである。

これは起きざるを得ない。
前々コラムに写真をアップしたが、毎朝ちゃんとパンと牛乳とおかずを食べるという、超規則正しい生活を行った。
が、時たま、一口食べた後に、うかつにそのまま寝てしまうということもあり、朝における私と看護婦さんの格闘は退院まで続いた。

◆AM 8:15◆

洗面&お掃除。

朝食を食べ終わった頃に、各部屋の掃除に清掃の方がやってくる。
清掃中に部屋にいると邪魔になるので、この間に洗面に行く。
よくできているなぁ、と病院の生活システムには驚かされる。

洗面所には、すでに人はいない。
みんなきちんと6時に起きているようで、その時間帯に洗面を済ましているからだ。

いいんだ、別に。
時間差通勤、時間差洗面だ。混雑を避けただけさ。

◆AM 9:00◆

診察。
「歩ける患者さんは診察室に移動してください」と看護婦さんのさわやかなアナウンスがかかり、診察室に移動。

私の基本的な治療は、ひたすら体休めて、点滴を受けて・・・だったので、診察も問診と血圧、扁桃腺のチェックくらいですぐ終わった。

◆AM 10:00◆

点滴タイムスタート。
私のコードレスタイムはここで終了する。
ここから約14時間は点滴につながれた有線生活が強いられている。

有線で面倒なのは、食事とトイレだ。
点滴前に必ずトイレに行くのだが、毎日500mlもの点滴を3本もつこっこまれては、1500mlの水を飲んだに等しいわけで、結局トイレに何度も行くはめになる。

◆AM 11:45◆

昼食。
元気なときは昼とかハンバーグ定食やらトンカツ定食やら食ってたなぁ・・・と思いながら、目の前の煮魚を食べる。

前々コラムにも書いたが、味は濃く、割とおいしかったのだが、肉がない生活に飽きてしまった。
通常メニューは、ごはん、すまし汁、煮魚、煮豆、豆腐、こんな感じのヘルシーセットだった。
週に1回、カレーの日があった。カレーは懐かしい給食の味がして、この日は子供のように嬉しかった。

◆PM 0:30以降◆

昼飯を食った後、途端にやることがなくなる。
入院直後は、ひたすら痛みに打ちのめされていて、半ば放心状態だったが、点滴の治療が効き始めた頃から、徐々に友達や知り合いに連絡を取り、遊びに来てもらうようになった。

人とのふれあいが、とにかく嬉しい。顔を見せに、来てくれるだけで嬉しい。
また、1つ患者さんの気持ちが分かった。

お見舞いの人が来ない日は、DVDで映画を見たり、小説を読んだり、漫画を見たり、携帯でメールを打ったりしていた。
会社に行っていた時には、あれほど「休みがあったら、ずっと寝てやる!」と豪語していたのに、実際すごい量のお休みタイムをいただくと、意外と寝れないもんだ。そんなもんだ。

◆PM 4:30◆

普段の生活ではありえないのだが、夕食タイムである。
旅行先にありがちな夕食6:30でも早すぎて食えないのに、こんな時間に夕食はホント参る。

この時間の夕食は、ホント困った。
ハッキリ言って、おなかが減ってない。12:30に昼を食べ、ほとんど動いてなくて、4:30に夕食。無理だ。
が、ここで食べておかないと、これ以降、明日の朝7:30までフードにありつけない。

最初は、かなり無理して食べた。
が、入院後半は、色々な人にお夜食セットを買ってきてもらい、夜9:00頃、ようやっと腹が減ったあたりで、カップラーメンとか食べて過ごしていた。

夜遅くの会社帰りに来てくれた人には、ホカ弁とかを頼んで買ってきてもらったりもしていた。
退院直前には、かなり食欲も回復しており、夜、すしの折り詰めを買ってきてもらって、病室で食べていた(笑)。病室で食うすしも、またオツであった。

◆PM 10:00◆

だいたいこの時間に朝の10時からはじめた点滴が終了する。
やっとここから、左手が自由になるのだ。

点滴生活になれると、左腕に常に管が付いている状態もあまり気にせず、寝たり食べたりできるようになるのだが、やはり、コードレスはイイ。伸びもできるし、ブンブン腕も回せる。当たり前のことが当たり前にできるこの時間帯が来るのが、毎度本当に待ち遠しかった。

コードレスになってから、まずは顔を洗って、歯磨きに行く。
風呂はこの病院にないので、入院中は体を拭くくらいで、週末に臨時で一時帰宅許可をもらって、家に風呂入りに戻っていた。

ここから、次の点滴が始まる夜中の1時くらいまで、また本を読んだりして、過ごす。あと、夜食。
夜はほぼ毎日友達が来てくれていたので、一緒に夜食を食べながら、色々な話をして時間をつぶしていた。
本当は、9時に面会も終了するのだが、個室であったこともあり、夜の面会を病院が特別に許可をしてくれていたので、助かった。

◆AM 1:00◆

今日の点滴生活のトリを飾る抗生物質点滴の登場である。

いくら毎日ほとんど動いていないの、眠くないとは言っても、さすがにこの時間には眠くなる。
看護婦さんは寝ててもいいですよとは言うのだが、付けるときとはずす時の痛みで起きてしまうのである。

ただ、ラストの点滴は、約1時間なので、我慢して1時間過ごし、この点滴が外れたときに、本当の意味で私の一日が終了する。



そして、また6時に看護婦さんが来て、こういうのだ。

「成沢さーん、起きてくださーい。」

「zzzzz・・・・・・」

「成沢さーん?」






■今日のカメ
◆うに清
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数ヶ月前、久しぶりに「うに清」さんに行った。
成沢家がお気に入りの真鶴にある磯料理の名店だ。

うに清さんはうちから車で行かないと行けない距離にあるので、頻繁にはいけないのだが、年に1回は必ずここへ行く。

ここの名物は、「船盛り」である。
だいたい一人5000円の予算で、伊勢海老&鯛の活造り、あわび、うになどの新鮮な魚介類と、エボダイの塩焼き、サザエの磯焼きなどの磯料理がてんこ盛りで出てくる。

母の知人の方に初めて連れてきていただいたのが、5年前。
そこからは、お気に入りで必ず年1ペースで来ている。

磯の近くにお店が位置していて、食事どころから、荒波の様子が見れる。
たまにはこういう食事もいいもんです。



◆伊勢海老&鯛の活造り
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活造りには賛否両論あると思うが、私は好きだ。

「活造り」は、食を追及する倭人による、「新鮮であることのあかし」を見せつける芸術と思う。
ま、堅苦しいことは抜きにして、美味けりゃいい。それだけで、もう十分だ。


◆伊勢海老の味噌汁
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美味い!ホント、美味いのだ。

伊勢海老のお造りも新鮮なので、甘くて、コリコリしていて、美味しいのだが、伊勢海老を食べた後の殻を使って作ってくれる味噌汁が格別に美味い。あぁ、幸せ。
# by meshi-quest | 2003-06-05 14:20
伝染性単核球症。

デンセンセイタンカクキュウショウと読む。
これが、私の病名だった。
何の病気かも、どこの病気かも、分からん。素人の私にとっては、最初は何と読むのかも分からなかった。

実は、私の病気が確定したのは、入院して2週間以上たってからのことだった。
入院当初は、肝臓の数値が異常に高かったため、「肝炎」ということで緊急入院をし、精密検査を受けていた。

「肝炎」・・・聞いたことがある。が、相当ヤバそうだ。
高熱でほとんど働かない頭でそう思っていた。

肝炎には大きく分けて3つあるらしい。A型、B型、C型とあり、C型が特に重度であると聞いた。
BとCは輸血などが原因で発症することが多く、私は輸血の経験がないので、食べ物などで感染をするA型の可能性が高いとされていた。

確かに「食べ物」には2つ思い当たる節があった。
私の名誉のために付け加えるが、「拾い食い」ではない。

1つは8月に行ったバリ島で食べた焼きハマグリ。
今回はじめて行った店だったのだが、漁師町のビーチで魚市場のように魚や貝が積み上げられており、それを量り売している。買った魚や貝はその場でバター焼きにしてくれて、満天の夜空の下、ビーチの下で食べるのだ。
ことにハマグリが安くて旨かったため、結構な量を食べた。

実は、その食べた日の翌日、バリに同行していたK嬢が腹をこわしていた。
あの時は「食いすぎだよー」と笑っていたが、2ヶ月遅れで自分のところにシッペ返しがやってきたのか・・・?

もう1つは、とあるバーガーチェーン店のチーズバーガーを食べたときだった。
11月頭に、ふと夜中にチーズバーガーが食べたくなって買ってきてもらったのだが、変な味がしたのを覚えている。
あの時は、自分が調子が悪かったから、味を変に感じただだけと思っていて、特に気にもとめていなかった。

さて、どちらだろう・・・?
入院してからしばらくは「ハマグリ」vs「チーズバーガー」による「激論・どちらがA型肝炎を起こしたか?朝まで生病院」を頭の中で繰り広げていた。

が、結論から言うと、どちらでもなかった。
肝炎ではなかったのである。

肝炎の型を調べる精密検査を受けていたのだが、Aでも、Bでも、Cでもないことが判明したのだ。
最初にAでないことが判明したため、「もしかして、残る2つのどちらかなのか・・???」と生きた心地のしない数日を過ごしたが、肝炎自体の可能性が消え、入院してから2週間後にやっと単核球症と確定された。

血液検査の結果、異常リンパ球というのが見つかった。また、入院直後から異常に扁桃腺が腫れ、高熱が続いた。これらが手がかりとなって、病名が確定したのだが、私の場合は、肝炎と思えるほど肝臓の数値が異常だったため、確定が遅れてしまったらしい。

個人的には、病名はどうでも良かった。
ただ、問題だったのは、水飲むのもつらい扁桃腺の腫れと高熱に悩まされ、それのための強い抗生物質は病名が確定しないと投与したくても投与できないと言われており、その都合で早く病名を確定して欲しかった。

入院して約2週間の病名確定までの間、どんな病気にも効く=弱めの抗生物質が投与されていたので、痛みに劇的な効果がなく、ホントつらかった。

確定してからは、それにあった強い抗生物質を点滴で投与してもらえたので、数日後には食事が摂れるまで扁桃腺の痛みが回復した。

この扁桃腺の腫れによる咽頭痛には、ほとほと参った。
もう二度とこんな思いはしたくない。

私の場合、右側の扁桃腺がパンパンに腫れており、膿んでしまっている状態だった。
何もしなくても鈍痛が、何か飲み込むと激痛が走った。
「飲み込む」には当然唾液も含まれる。つまり、一日に何度も激痛が走る。
唾液すら飲み込みたくなかった私は、意識的に唾液量を調整して、一日に飲み込む唾液の量を最低限に抑えるという、地味な戦いと努力をした。

結果的に肝炎ではないことが判明してから、薬の内容もその病気に適した強い薬が投与されるようになり、徐々に回復に向かっていった。



思えば、一日の大半を管につながれていた。

点滴は一番ピーク時で一日5本やっていた。
500ml×3本が肝臓の数値を下げる薬。1本あたり3~4時間なので、これだけでも12時間。
その他、扁桃腺の腫れをひかせるための点滴が2本。これが1本あたり約1時間だったので、計2時間。
つまり、14時間も管につながっていたことになる。えらいこっちゃ・・・。

あまりに毎日点滴をされ続けていたので、血管は細くなり、手には無数の刺し後ができた。
手のひら、手首、ひじの裏・・・ありとあらゆるところから管につないだ。

なんだか、メカっぽかった。人工ロボット気分だった。
飯は食えず、この管から栄養を受け取り、生きている。
なんだか、すごく悲しくなった。

会社で疲れがたまっていて、それでも休めないとき、何度も「あからさまに病気になんないかなぁ・・」なんて思っていたが、やっぱり健康が一番いい。
もっと言えば、健康で休めるのが一番いい(笑)。

最初は点滴を持ちながらの移動や作業に馴れずに、何度も点滴の針がずれてしまったり、血液が逆流したり(点滴の袋をうかつに心臓より下に下げてしまうと、血液が管を通って逆流します)と不便な生活が続いていたが、1週間くらいたつと、平気で管とお付き合いできるようになった。
トイレにも一人で行けるようになった。
管を気にせず、寝ることもできるようになった。

こんな感じで成沢ロボット1号は入院生活を送っておりました。



今、こうして「管」といううっとおしいものがなく生活できる【コードレス状態】は、あぁ、なんと幸せなことか。
【有線】の経験をしたものだけがわかる、コードレスのありがたみ。
電話も、そして人間も。






■今日のカメ
◆去年のクリスマス
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12月24日に退院をしたので、入院中の1ヶ月間のうっぷんを晴らすかのようにホールケーキを買いました。
退院後のケーキは格別ですな。



◆肉、食いてー!
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成沢家では、毎年クリスマスにチキン丸々一匹を買います。
入院中は何かと肉には縁遠かったので、これまたうっぷんを晴らさせていただきました。
# by meshi-quest | 2003-06-05 14:18
プロフィール
ゲームプロデューサー
成沢 理恵
「ドラゴンクエスト」や「ファイナルファンタジー」シリーズで知られる㈱スクウェア・エニックスを経て、 現在、ちゅらっぷす株式会社取締役、兼、ゲームプロデューサー。

ヒマさえあれば、国内、海外を食べ歩き、遊び歩く、生粋の遊び人。

その経験は、ゲームづくりにも活かされている、はず……。
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